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2007年04月22日

【韓国】朝鮮の技術で日本の銀は大量生産が可能となった

【歴史】 江戸日本と朝鮮の貿易〜朝鮮からは朝鮮人参、生糸等、日本は朝鮮の技術で大量生産可能となった銀や銅による取引 [04/20]
■〈朝鮮通信使来聘400年−5−〉 江戸日本と朝鮮の貿易日本の衣料革命をもたらす

 「17〜19世紀に朝鮮と清、朝鮮と日本間の貿易はどの時代よりも活発に展開された」と、「朝鮮商業史」は評価する。

 あまり知られていないが、江戸・日本と朝鮮は、最大の貿易取引国であり、長崎港の貿易よりも重要な貿易相手であった。

 日本では朝鮮貿易を「対馬藩の貿易」と片付けているが、実は対馬藩は、徳川家康から外交、貿易、駐朝大使の役目を仰せつかった「外務省・通産省」であったのである。

 17〜19世紀の朝鮮貿易は、清・朝・日を結ぶ仲介貿易であった。
 朝鮮から清に、朝鮮人参と銀、清からは、生糸(絹)、朝鮮から日本に、朝鮮人参と木綿、生糸、日本から朝鮮に銀が取引された。
 松商(開城商人)を中心にした朝鮮商人は、燕行使に加わり、生糸を仕入れて倭館(釜山東莱)で日本商人に売った。
 日本にはこれといった産物がないので、銀や銅で決済した。

 清に向かって江戸・日本から大量の銀の流れができた。米大陸からはイギリスを介して、大量の銀が清に流れ込んだ。まさに銀の道(シルバーロード)ができ上がっていた。

 日本の銀は、公的には江戸幕府から出たが、対馬藩は京商人や江戸商人からも銀の融資を受けていた。
 東京の銀座は、江戸幕府が銀貨を鋳造した場所で、かつては朝鮮貿易で大きな働きをした所であった。
日本の銀といえば、朝鮮の銀生産技術(灰吹法)が伝わった以後に、銀の大量生産が可能になったといえる。石見銀山などの大量生産は、労働力の不足をきたし、江戸幕府は無宿者をとらえて送り込んでいる。

 (以下略)

 「朝鮮から銀生産技術が伝わったから大量生産が可能になったのです♪

 「朝鮮から伝わった技術で銀を大量生産していたならなんで日本から輸入する必要ないんじゃないの?」

 「朝鮮には銀山が少なくて生産量が少なかったのですよ」

 「日本より銀の生産量が少ないのに大量生産する技術だけ発達していたのはおかしくない?」

 「それは朝鮮人が日本人よりとても優秀だったからにほかありません」

 「その考えはおかしい」

 「日本にはこれといった産物がなく銀くらいしか決済する産物がなかったので銀で決済していたのですよー」

 「大量生産する技術があるなら日本から輸入しなくてもいいじゃないの?」

 「日本がかわいそうなので仕方が無く銀で決済していたのです」

 「わけわからん」
posted by ADON-K at 04:43 | Comment(13) | TrackBack(1) | 韓国ソース保管庫

この記事へのコメント
  1. at 2007年04月22日 06:19
    この記事内容だと対馬は日本領だけどいいの?
  2. at 2007年04月22日 08:57
    灰吹法は中国から伝わったものだろ…。
  3. しわよせん at 2007年04月22日 09:56
    >日本と朝鮮は、最大の貿易取引国
    鎖国中で「南蛮との商取引禁止」だったから、朝鮮を経由しただけですな、
    はいはい、ストローストロー。

    逆にいえば、三角貿易しても利益がでる魅力的な商売だったんでしょうな。
    抜け荷も結構あったみたいですが。
  4. 京 at 2007年04月22日 13:55
    けっこうチョンは信じるぞ
    俺がエンジョイで毛沢東は韓国人と書くと
    信じてる奴がいたからw
  5. 大山サドル at 2007年04月22日 15:54
    長崎には唐人館もあるし、江戸幕府つうか日本はは清と直接貿易してたように思うが。
    対馬は食料が自給できない土地柄なので、通信使の接待を仰せつかる代わりに、特別に独自の貿易を許されただけで、日本の貿易の窓口なんかでは、まして日本の外務省なんかでは決してないですよ。


    >『日本にはこれといった産物がないので、銀や銅で決済した。』
    刀剣なり蒔絵などの漆器なりは日本の主要輸出品目だったろう?少なくとも工業生産力は半島なんかより遥かに上のはずだが。
    まして半島には貨幣経済の実態がなかったんだろう?
    これは当時の半島の銀の保有量や流通量、銀貨幣の鋳造量なんかが全く書いてないところが味噌ですね。ま、書けんだろうけど。ばれちゃうから。

    上の文章を見ても、銀の流れは
    日本→半島→大陸
    しかないわけで、半島に銀の蓄積がないならば、単に日本から流入した銀をそのまま清へ流して代金のを支払を行っているだけ。
    つまり、半島には貿易を決済できる商品物がなかったので、日本から銀を仕入れて支払いに当てているようですね。
    そのうえ、日本と半島と大陸の経済規模や商組織の発達具合をみれば半島にはほとんど金が落ちなかった上に商取引の主導権どころか表現の自由すらなかったようですが。

    ぶっちゃけて言えば、日本から大陸に銀を運ぶための「飛脚」でしかないわけです。
    これでは貨幣経済など成立しようもないですね。
    謝罪と賠(ry
  6. 匠 at 2007年04月22日 19:00
    そもそも当時日本で使われていた灰吹法は朝鮮式ではなく大陸式だって判明してるわけですが。
  7. at 2007年04月22日 19:13
    こんな時代から通貨偽造乙です^^
  8. 萌虎師団 at 2007年04月22日 19:49
    李泰鎮が「朝鮮から伝わった技術で日本の銀生産量は増加したのだ」と書いていましたなぁ・・・ここでもふれられているように、日本の灰吹方法は明から直輸入なのですが。
  9. 日々逃走 at 2007年04月22日 22:24
    記事にある物の流れを見る限り、数少ない貴重品(朝鮮人参など)と清からの輸入品(生糸など)を日本に売って外貨(銀)を稼ぎ、貴重品と外貨で清から生活必需品を買うという貿易体制ですね。

    ・・・今の北朝鮮と同じやん、400年前から進歩無いんだねw
  10. Jinguzi at 2007年04月22日 22:53
    >日本にはこれといった産物がないので、銀や銅で決済した。

    この時代の特産品の例として、英語で磁器のことをchina、漆器のことをjaponという事実があるのだが。国名がそのまま特産品になっているものが、韓国にあるのかなぁ。

    少し調べるというか、一般常識レベルというか、中学生の英語レベルでばれる嘘を新聞がつくっのって。いや、多分彼らはこれが歴史上の事実だと信じているのだろうけど。

    ……つまり、韓国の新聞<<<中学生の英語でオッケーですか(^o^)。

    せめて、中学生の社会科に負けて欲しかったのは、私だけでせうか(^^;。
  11. 通人 at 2007年04月22日 23:40
    中東の産油国はこれといった産物がないので石油を売っているのです!

    一般常識ですね^^

  12. 八 at 2007年04月23日 11:36
    > 日本にはこれといった産物がないので、銀や銅で決済した。

    物々交換と現金決済を比べたら現金決済の方が進んだ取引方法だと考えるのが経済の常識だと思うのですが……。
  13. ゆう at 2007年04月23日 14:20
    > 日本にはこれといった産物がないので、銀や銅で決済した。

    あのう・・・。
    日本側から清国への重要な輸出品は、フカヒレや干し鮑といった俵物と、樟脳で、それがかなりの利益を生んでいたみたいなんですが・・・。
    それと、対朝鮮貿易の事なんですが、江戸時代も中期以降になると、朝鮮からの重要な輸入品だった高麗人参や木綿、陶磁器などは、日本国内での国産化が進みまして。
    朝鮮から対馬経由で輸入する品は、ほとんどない状態だったみたいですし。
    逆に朝鮮側は、清国への朝貢に使う銀がほとんど朝鮮国内で産出しなかったため、日本から貿易決済として支払われる銀が頼りだったみたいで。
    年々、日本への輸出が減少していく一方であったため、かなりヤバイ状態になってたみたいですよ。
    ( 参考は、20年ほど前に某国営放送で作られた、歴史ドキュメント内 『 朝鮮人参は日本で作れ 』他 )
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