【大紀元日本2月17日】台湾の台北市中心部に位置する同国・国防部の施設『国軍歴史文物館』(1961年開館)に、“南京大虐殺の際、同胞の中国人を107人斬った日本軍刀”なるものが展示されている。>南京大虐殺の際、同胞の中国人を107人斬った日本軍刀
“日本軍による中国人虐殺の歴史的証拠”と同館が述べるこの軍刀は、日本の敗戦後、国民党軍・魏炳文中将が接収したものを、1987年に開戦50周年を記念し、親族が同館に寄贈したものという。設置された拡大鏡を通して、刃の根元の部分には“南京の役 殺 一〇七人”と彫られた文字が読み取れる。
(中略)
当紙の取材に対して同館は、軍刀の寄贈者が亡くなっていることから詳細は確認できないとしつつも、軍刀は、いわゆる“100人斬り競争”の当事者である野田、もしくは向井少尉が使用したものに間違いない(“没錯”)と述べた。両少尉が斬ったとされた人数は105人、および106人であり、107人ではないとの当紙の指摘に対しては、一件が日本の新聞により報道された後に、再び一名を斬った可能性に同館は言及した。
日本刀すげーーーーw
100人切っても大丈夫なんてホント日本刀ってすごいですね〜
ところで・・・
>“南京の役 殺 一〇七人”
この当時ひらがなの”の”って使ってました?
当時の資料を見るとカタカナの”ノ”を使ってるんですけどね〜
こういうときだけ使ってたんでしょうか?w







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つかですねあんなとこに文字書いたりしませんよ
日本刀であんなとこに文字書いたのあったら逆に珍品です
日本刀で文字を刻むなら刃かもしくは刀身の根元(柄の中に隠れる部分)です。刀身は大体絵柄なんですけどね
しかも文字が滅茶苦茶へたくそじゃあないですか。
そもそも大事な刀にあんなことする奴いませんよ日本人なら・・・
それにしても百人斬りの内容について、『中国の旅』では民間人を大虐殺した殺人ゲームのように書きながら、『南京大虐殺否定論13の嘘』では、何故か二人の将校は捕虜の据えもの斬りをしていた、と書いています。本によって内容がゴロゴロ変化している事からも、実は本多自身確証を得て書いているのではなく、おしはかって書いているだけでしかないというのが良く分かりますね。こんな冗談みたいな奴でも看板記者となれる、それがアサヒクオリティ。どうにもやりきれぬものよ、ハア(絶望のため息)。
http://mltr.e-city.tv/faq09b03.html#00098
まず、日本刀じゃなさそうだねえ・・・。どーみても、サーベル・・・。
んで、上のひともいってるけど、あそこに紋様いれるならともかく文字書くかねえ・・・。
最後に、文字書くなら刀身を上にして書くよ・・・日本人なら・・・。
結論:常識的に考えれば捏造物品だね。
いや、日本史で戦争の名前である『ノ役』とか『ノ変』とかいうのは、法則に従ってつけています。それも基本的に『ノ役』とか『ノ変』は戦争自体の名前であって、局地戦レベルに『ノ役』とはつけません。それも江戸時代までの言い方で、明治というか、西南戦争以降の外征戦では別の法則に従ってつけています。
日中戦争の当時の呼び名は『日支事変』ないし『支邦事変』でした。『事変』というのは、当時の言い方で、宣戦布告がなくて、なし崩しにはじまった戦争の呼び名でした。野田少尉や向井少尉は、陸軍士官学校を出ているはずなので、ここら辺をいい加減にするとは思えません。
もし仮に南京にこだわった名前を掘るとしたら、『南京攻略戦』とか『南京攻城戦』とかつけるはずです。更に言えば、軍刀で相手を切り殺したのなら、日本人なら『殺』より『斬』を用いると思います。
………という位のことは、鑑定をした日本人や軍版、日本史版の住人の方々はわかっているんだろうなぁ(^^;。
そもそも軍刀は陛下から下賜された物だから、兵を斬る事はあっても文字を刻んだりせんわ。
南京の事を真に受けると、南京無双できそうですなw
皇紀2598年(昭和13年)に制式採用された九八式軍刀が、なぜ昭和12年の南京攻略戦の際に使用されていたのだろう?
プロトタイプ?
是非100人以上の人間を切った刀の刃も見たいですね。刃こぼれが無い刀だったら大笑いですよ。
junguzi殿
参考意見として失礼しますが、たぶん言わないと思います。根拠は「殺」以下の文字。ここだけ漢文読みなんですよ。
漢文読みなら全文を漢文にするのが当時の普通だったかおt。あるいは、全部漢字カナ交じりですね。
素人から例を示させてもらいますと、「刀殺一〇七人於南京役」、あるいは「南京ノ役ニテ一〇七人殺セシ刀」くらいでしょうか。